パンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法及び装置
- 【要約】
【課題】 パンタグラフが通過するときのトロリ線の計測を介して、パンタグラフにおける摺り板の損傷凹部を検知する方法及び装置を提供する。
【解決手段】 パンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置は、トロリ線1の水平方向の変位を測定するポテンショメータ30と、測定された水平方向変位を処理・判定する手段35と、を備える。段付摩耗などの局所的凹部によって挙動が変化するトロリ線の水平方向の変位を測定し、測定値の時刻歴波形のうち、一定の時間幅をもって移動する窓に入った波形に関する標準偏差を求め、この標準偏差が所定の閾値を超えたことをもってトロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に段付摩耗などの局所的凹部が生じていると判定する。
- 【特許請求の範囲】
【請求項1】
トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定し、
測定値の時刻歴波形のうち、一定の時間幅の移動窓に含まれる波形に対して標準偏差を求め、
該標準偏差が所定の閾値を超えたことをもって前記トロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が生じていると判定することを特徴とするパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項2】
トロリ線の水平方向の変位の時刻歴波形を、トロリ線水平振動の低次の固有振動数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタに通し、
該フィルタを通過した、一定の時間幅の移動窓に含まれる波形に対して標準偏差を求めることを特徴とする請求項1に記載のパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法。
【請求項3】
トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を測定するセンサと、
測定された変位を処理・判定する手段と、
を備え、
前記処理・判定手段において、前記変位の時刻歴波形のうち、一定の時間幅の移動窓に含まれる波形に対して標準偏差を求め、
該標準偏差が所定の閾値を超えたことをもって前記トロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に局所的凹部が生じていると判定することを特徴とするパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項4】
さらに、前記トロリ線水平振動の低次の固有振動数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタを備えることを特徴とする請求項3に記載のパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置。
【請求項5】
前記センサは、常時引っ張り力が作用するセンシングワイヤを備え、センシングワイヤの先端を被測定物に繋ぐと、被測定物の変位がセンシングワイヤの巻き取り量に変換され、巻き取り量が出力電圧に変換されて変位測定ができる、ワイヤ伸張タイプのポテンショメータであることを特徴とする請求項3または4に記載のパンタグラフの摺り板の局所的凹部検知装置。
- 【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、パンタグラフの摺り板に発生する段付摩耗や欠け、部分欠落などの局所的凹部を検知する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
電気鉄道のパンタグラフの摺り板は、トロリ線と摺動しながら集電している。トロリ線はあるピッチと幅をもって水平方向にジグザグに架設されており、摺り板とトロリ線との摺動位置を摺り板摺動面の長手方向、すなわち線路に垂直な水平方向に分散させている。このようにして、摺り板に局部摩耗が起こらないようにしている。
【0003】
しかしながら摺り板には、この摺動時に、異常なアークの発生など何らかの原因による局所的な欠損や異常な摺動による局部摩耗などが発生する場合がある。このような欠損や摩耗が進むと、摺り板の表面に局所的な凹部が形成される。摺り板の表面に局部摩耗の凹部が存在すると、トロリ線が嵌り込んで、トロリ線のスムーズな左右移動を阻害し、この状態が継続すると、この凹部が、摺り板の他の部分よりも一段低くなった溝(段付摩耗)に発達するおそれがある。
【0004】
このような段付摩耗は、摺り板の破損やトロリ線の切断など、事故につながる危険がある。また、摺り板の部分的な欠けや、分割されている摺り板の一部欠落などが発生した場合にも、上述の段付摩耗と同様の危険がある。なお、これら局所的欠損、局部摩耗、段付摩耗、部分的欠け、一部欠落などの損傷凹部に限らず、何らかの原因により局所的な凹部が形成されたときには、同じ危険が生じる。
したがって、各列車の各パンタグラフについて、このような損傷凹部、あるいは局所的な凹部を検出して対処することが求められる。このためには、パンタグラフの摺り板に存在する局所的な凹部を簡単に検出する損傷凹部検知方法及び装置が必要になる。
【0005】
特許文献1には、走行する列車のパンタグラフ摺り板の厚さを測定する測定装置が開示されている。開示された測定装置は、走行列車を検出すると、CCDカメラでパンタグラフ摺り板の側面を撮影し、取得した画像を画像処理して摺り板エッジと舟体摺り板境界面とを判定し、摺り板厚みを算出するものである。
ただし、太陽光の影響や摺り板の汚れなどによって、舟体と摺り板の境界を判定し損ねる可能性がある。また、舟体との境界面を基準とするので、舟体は平面を有する必要がある。さらに、走行中に撮像した画像について画像処理して判定するので、車両走行速度に制約がある。
【0006】
また、特許文献2には、電車通過時のトロリ線の振動特性に基づいてトロリ線の異常を検出する方法が開示されている。開示された異常検出方法は、架線されているトロリ線の振動が伝わる、たとえば吊具に振動検出センサを設置して、センサ出力を振動特性解析器で解析して振動数を検出し、コンピュータで予め設定された異常のデータと照会してトロリ線の異常の有無を判定する。
【0007】
開示された異常検出方法は、トロリ線の固有振動が、摩耗による断面積の減少や温度変化による引張り強度の変化などの影響を受けることに基づくもので、従来方法では難しかった検知線断線以前の摩耗異常や過温度上昇によるのび異常をも検出することができるようになった。
しかし、開示された異常検出方法は、トロリ線の固有振動測定を用いるが、測定対象はトロリ線自体の異常であって、測定点を通過する車両のパンタグラフ摺り板に関する測定ができるわけではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平09−265524号公報
【特許文献2】特開2003−189404号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであって、パンタグラフが通過するときのトロリ線の計測を介して、パンタグラフにおける摺り板の損傷凹部を検知する方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係るパンタグラフの摺り板の損傷凹部検知方法は、パンタグラフが通過するときのトロリ線の振動を測定し、測定値の時刻歴波形について、一定の時間幅をもって移動する窓に入った波形に関する標準偏差、すなわち移動標準偏差を求め、この移動標準偏差が所定の閾値を超えたことをもってトロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に損傷凹部が生じていると判定することを特徴とする。
【0011】
パンタグラフの摺り板に段付摩耗部などの損傷凹部が生じた場合、あるいはさらに一般的に、摺り板の摺動面に局所的な凹部が存在する場合、トロリ線はその凹部に嵌り込む。トロリ線が凹部に嵌り込むと、トロリ線は線路に沿って線路に垂直な水平方向にジグザグになるように配設されているので、車両の進行につれて凹部内を線路に垂直な水平方向に移動する。後に詳細に説明するように、トロリ線が凹部の端まで移動すると、トロリ線は凹部の側壁に押し付けられた後、非摩耗部(平坦部)へ乗り上げるように移行する。この際、トロリ線が凹部の側壁に押圧されていた状態から解放されるので、弦が弾かれたような状態となり、トロリ線は線路に垂直な水平方向に大きく振動する。
【0012】
そこで、トロリ線の線路に垂直な水平方向の変位を時刻歴波形として測定し、信号処理して移動標準偏差を求める。移動標準偏差は、一定の時間幅において波形の平均値からの偏差の二乗を積算した値の平方根の変化であるため、振動する時刻歴波形の振幅の変化を表すものとなる。したがって、移動標準偏差を評価することによりトロリ線の水平振動の大きさを知ることができる。そこで、移動標準偏差に基づいて、摺り板に段付摩耗などの局所的凹部が発生していることを検知する。
【0013】
なお、トロリ線の剛性は水平方向より上下方向に大きいため、固有振動の基本周波数は上下方向の方が高い。そこで、本発明においては、トロリ線の水平方向変位の時刻歴波形信号を、トロリ線左右振動の低次の固有振動数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタに通し、フィルタを通過した波形信号について、一定の時間幅の波形に関する移動標準偏差を求めることが好ましい。
【0014】
このようなフィルタを設けることにより、トロリ線の上下振動から誘起される水平振動や、トロリ線の各種定数(線密度、張力、引留構造、ハンガ間隔、支柱間隔など)によって発生する高次の水平固有振動を遮断できるので、損傷凹部の検出精度を高めることができる。
【0015】
本発明のパンタグラフ摺り板の損傷凹部検知装置は、トロリ線の水平方向の変位を測定するセンサと、測定された変位について処理・判定する手段と、を備え、処理・判定手段において、変位の時刻歴波形について、一定の時間幅をもって移動する窓に入った波形に関する移動標準偏差を求め、この移動標準偏差が所定の閾値を超えたことをもってトロリ線の下の軌道を通過した電車のパンタグラフの摺り板に損傷凹部が生じていると判定することを特徴とする。
【0016】
本発明においては、さらに、トロリ線水平振動の低次の固有周波数成分を透過し、かつ、上下振動の固有振動数成分を抑制するように設定されたバンドパスフィルタあるいはローパスフィルタを備えることが好ましい。
なお、線路に垂直な水平方向からセンシングワイヤを伸ばして先端をトロリ線を支持するイヤと接続しトロリ線の水平振動を検知するようにしたポテンショメータを、トロリ線の水平変位を測定するセンサとして利用することができる。
【発明の効果】
【0017】
摺り板に段付摩耗などの損傷凹部が発生した場合、あるいは、摺り板の摺動面に局所的な凹部が存在する場合、トロリ線に水平方向のジグザグが設けられているとすると、摺り板の損傷凹部などの局所的な凹部をトロリ線が水平方向に横切る際に、トロリ線は水平方向に振動する。本発明によれば、トロリ線の水平方向の変位を計測・処理して得た移動標準偏差を判定することにより、所定のトロリ線を通過する車両のパンタグラフ摺り板に損傷凹部などの局所的な凹部が発生したことを検知できる。これにより、損傷凹部などの局所的な凹部の発生を速やかに検知でき、事故や故障を未然に防ぐことができる。
- 【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の実施の形態に係る損傷凹部検知装置を模式的に示す図である。
【図2】トロリ線の配設状態の一例を示す図であり、図2(A)は平面図、図2(B)は側面図である。
【図3】パンタグラフの構造の一例を示す図である。
【図4】段付摩耗が発生した摺り板において、トロリ線が凹部から平坦部へ移行する状態を示す図である。
【図5】水平振動の計測結果の一例を示すグラフである。
- 【公開番号】特開2011−244663(P2011−244663A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【発明の名称】パンタグラフの摺り板の局所的凹部検知方法及び装置
- 【出願番号】特願2010−117041(P2010−117041)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】
【識別番号】000173784
【氏名又は名称】公益財団法人鉄道総合技術研究所
【識別番号】390021577
【氏名又は名称】東海旅客鉄道株式会社
- 【代理人】
【識別番号】100100413
【弁理士】
【氏名又は名称】渡部 温
【識別番号】100104341
【弁理士】
【氏名又は名称】関 正治
【識別番号】100123696
【弁理士】
【氏名又は名称】稲田 弘明
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