ステアリングラックバー用棒鋼およびその製造方法
- 【要約】
【課題】曲げ強度に優れ、曲げ負荷を与えた時の脆性的な破断の抑制が可能で、ステアリングラックバーの素材として好適に用いることができるステアリングラックバー用棒鋼の提供。
【解決手段】C:0.37〜0.48%、Si:0.15%を超えて0.30%未満、Mn:0.60〜1.10%、P≦0.03%、S:0.020〜0.070%、Cr:0.05〜0.20%、B:0.0005〜0.0050%、N≦0.010%、Ti:0.005〜0.10%、Al:0.005〜0.05%及びO≦0.0020%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、特定量のMo及びNbの1種以上を含んでもよい棒鋼であって、表面からの深さがD/4位置の組織が、1)焼入れ処理後のマルテンサイト組織が面積分率で70%以上及び2)旧オーステナイトの平均粒度番号が7番以上、を満足するステアリングラックバー用棒鋼。ただし、Dは棒鋼の直径を表す。
- 【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.37〜0.48%、
Si:0.15%を超えて0.30%未満、
Mn:0.60〜1.10%、
P:0.03%以下、
S:0.020〜0.070%、
Cr:0.05〜0.20%、
B:0.0005〜0.0050%、
N:0.010%以下、
Ti:0.005〜0.10%、
Al:0.005〜0.050%および
O:0.0020%以下
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる棒鋼であって、
表面からの深さがD/4位置の組織が、下記の1)および2)を満足する、
ことを特徴とするステアリングラックバー用棒鋼。
1)焼入れ処理後のマルテンサイト組織が面積分率で70%以上
2)旧オーステナイトの平均粒度番号が7番以上
ただし、Dは棒鋼の直径を表す。
【請求項2】
Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05%以下を含有する、
ことを特徴とする請求項1に記載のステアリングラックバー用棒鋼。
【請求項3】
Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.20%以下を含有する、
ことを特徴とする請求項1または2に記載のステアリングラックバー用棒鋼。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれかに記載の化学成分を有する鋼材に、下記〈1〉と〈2〉の処理を順に施す、
ことを特徴とする請求項1から3までのいずれかに記載のステアリングラックバー用棒鋼の製造方法。
〈1〉下記(1)式のDcを満足する丸鋼に加工する。
〈2〉下記(2)式を満足する温度Q℃に加熱した後に焼入れする。
Dx=8.64×C0.5×(1+0.64×Si)×(1+4.1×Mn)×(1+2.33×Cr)×{1+1.50×(0.90−C)}×(1+3.14×Mo)≧5.5×Dc0.7・・・(1)
(Ti−3.4N)/Q≧2.50×10-5・・・(2)
ただし、(1)式および(2)式における元素記号は、その元素の質量%での含有量を、また、(1)式における「Dc」は、丸鋼の直径(mm)を表す。さらに、加熱温度Qは780〜900℃の値とする。
- 【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車のステアリング機構に用いられるステアリングラックバー用棒鋼およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステアリング機構は自動車の進行方向を制御する装置であり、これが故障すると重大な事故を招く恐れがある。この機構の中で、ステアリングラックバーは左右両輪をつなぐ骨組み的な役割を担っている。このため、ステアリングラックバーには、走行中に大きな荷重が作用した際にも脆性的な破断を生じて操舵不能にならないことが要求される。
【0003】
上記の要求を満たすため、ステアリングラックバーには走行中の大きな荷重に耐え得る曲げ強度が求められ、熱間加工して得た鋼材を用いて、焼入れ焼戻しの熱処理を施した後に歯形部を切削し、その歯形部に高周波焼入れを施すことによって製造されている。
【0004】
焼入れ焼戻しの熱処理を施すことによって高靱性化が達成されて高い曲げ強度を確保することができ、さらに、高周波焼入れすることによって、歯形部の耐摩耗性を高めることもできる。
【0005】
しかしながら、近年の地球温暖化防止を背景とした自動車の軽量化推進に伴うステアリング機構の小型化、また、エンジンの高出力化などにより、ステアリングラックバーの負荷荷重も増大化している。
【0006】
このため、ステアリングラックバーの強度、靱性などの特性をさらに一層高めることが可能で、ステアリングラックバーの素材として好適なステアリングラックバー用鋼材、なかでも、ステアリングラックバー用棒鋼の開発が望まれている。
【0007】
このため、例えば、特許文献1〜3に、高周波焼入れを伴い、曲げ強度および/または衝撃特性に優れた鋼材が提案されている。
【0008】
すなわち、特許文献1に、曲げ特性に極めて優れる「ステアリングラック用鋼」、具体的には、質量%で、C:0.40〜0.60%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.05〜1.50%、およびS:0.004〜0.100%を含有し、さらに他の元素として、Cr:1.5%以下(0%を含まず)、Al:0.0005〜0.10%、およびN:0.002〜0.020%よりなる群から選択される少なくとも1種の元素を含有し、必要に応じて、B:0.0005〜0020%を、単独でまたはTi:0.005〜0.050%と共に含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなる棒鋼であって、焼入れおよび短時間焼戻しによって、棒鋼の表面から深さD/4(Dは棒鋼の直径を示す)の部分の焼入れ・焼戻し組織が、「焼戻しベイナイト組織と焼戻しマルテンサイト組織が合計で20〜100%(面積百分率)」および「再生パーライト組織が0〜50%(面積百分率)」に調整されている、曲げ特性に優れたステアリングラック用鋼が開示されている。さらに、上記の化学成分を有する鋼材を圧延し、得られる棒鋼を温度820℃以上に加熱し、水冷にて室温まで制御冷却した後、温度680℃以上の雰囲気温度に加熱した炉に入れて20分以下の短時間焼戻し処理を行い室温まで空冷する「曲げ特性に優れたステアリングラック用鋼」の製造方法も開示されている。
【0009】
特許文献2に、静的または動的に過大な荷重が作用しても脆性的に破損することのない、「曲げ特性に優れる高周波焼入れ鋼」、具体的には、質量%で、C:0.30〜0.60%、Si:0.50%以下、Mn:0.20〜2.0%、B:0.0005〜0.0050%、N:0.020%以下、Ti:0.1%以下、かつ、TiとNの含有量の比率が3.42≦Ti/N≦8.0であり、必要に応じて、Ni、Mo、V、Cr、Nb、Zr、Ta、Al、S、Pb、Bi、TeおよびCaのうちの1種以上を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなることを特徴とする、曲げ特性に優れる高周波焼入れ用鋼が開示されている。
【0010】
特許文献3に、高周波焼入れによって浸炭焼入れの場合と同等以上の曲げ疲労強度を確保することができる「高周波焼入れ用鋼材」、具体的には、質量%で、C:0.35〜0.65%、Si:0.50%以下、Mn:0.65〜2.00%、P:0.015%以下、S:0.003〜0.080%、Mo:0.05〜0.50%、Al:0.10%以下、N:0.0070%以下およびO:0.0020%以下を含有し、必要に応じて、B:0.0005〜0.0050%、Ti:0.045%以下でかつ3.4N〜(3.4N+0.02)%、Cu:0.20%以下、Ni:0.20%以下、Cr:0.20%以下、Nb:0.30%以下、V:0.20%以下、Ca:0.01%以下、Pb:0.30%以下、Bi:0.03%以下およびTe:0.10%以下のうちの1種以上を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、さらにマルテンサイトが面積分率で70%以上を占める組織であることを特徴とする高周波焼入れ用鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2003−166036号公報
【特許文献2】特開平10−8189号公報
【特許文献3】特開2007−131871号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
前述の特許文献1で提案されたステアリングラック用鋼および特許文献2で提案された高周波焼入れ用鋼は、曲げ強度に優れ、かつ、曲げ負荷を与えた時の脆性的な破断を安定して抑制できるという性能を必ずしも確保できる技術ではない。
【0013】
特許文献3で提案された技術は、従来の浸炭焼入れを高周波焼入れに変更して生産効率を高めた場合でも、浸炭焼入れの場合と同等以上の曲げ疲労強度を確保することができるので、自動車部品および建設機械部品の素材として好適に用いることができる。しかしながら、0.05〜0.5%のMoの含有を必須としている。このため、最近のMo価格が高騰した状況下では、多量のMoを含有させる場合には、合金コストが嵩むこととなって、産業界からの合金コスト低減化という要望に対しては必ずしも添えないこともある。
【0014】
本発明は、上記現状に鑑みてなされたもので、その目的は、Moを必ずしも含有させずとも曲げ強度に優れ、かつ、曲げ負荷を与えた時の脆性的な破断の抑制が可能であり、ステアリングラックバーの素材として好適に用いることができるステアリングラックバー用棒鋼とその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、前記の目的を達成するためには、特に、曲げ負荷を与えた時に脆性的に破断しない条件を見出すことが第一義であると考えた。そして、ステアリングラックバーに歯形部を切削加工する前の棒鋼の組織を制御すれば、歯形部に高周波焼入れを施して仕上げたステアリングラックバーに曲げ負荷を与えて、き裂を発生させても、き裂の進展が途中で停留し脆性的に破断することを防げるとの結論に達した。
【0016】
そこで、本発明者らは、ステアリングラックバー用棒鋼の化学組成および組織について種々の調査・検討を行った。
【0017】
その結果、下記(a)〜(e)の事項が明らかになった。
【0018】
(a)高周波焼入れを施して表面を硬化したステアリングラックバーに曲げ、衝撃などの外力が加わった際に生ずるき裂は、高周波焼入れした最表層部、特に、歯形部の歯底から発生する。したがって、この初期き裂の発生限界応力を向上させることがステアリングラックバーの曲げ強度向上につながる。
【0019】
(b)初期き裂の発生限界応力を向上させるには、素材強度の向上と高周波焼入れ部の粒界強化が必要である。上記の素材強度の向上には、C、MnおよびCrによる固溶強化作用および焼入れ性向上作用を活用すること、さらには、Nbを含有させてNbの炭化物、窒化物あるいは炭窒化物による結晶粒微細化作用を活用することが有効である。また、粒界強化には、粒界を脆化するPのオ−ステナイト粒界への偏析を抑制するためにB、さらにはMoを含有させること、上記Bの効果を確保するためにNの含有量を抑制し、Tiの含有量を調整すること、さらには、その含有量が過多になると粒界偏析が顕著になって粒界の強度が低下するSの含有量を調整すること、を考慮すればよい。
【0020】
(c)外力が加わることで高周波焼入れ最表層部から発生したき裂は、表層から内部へと伝播・進展し、最終的な破損につながる。したがって、き裂の進展を抑制し破損を防止するためには、き裂の伝播速度を小さくするとともに、伝播に対する抵抗性を高める必要がある。このためには、内部組織の靱性を活用することが有効な手段となる。
【0021】
(d)ステアリングラックバーの歯底における高周波焼入れ部と内部組織の境界は、歯形部を切削加工する前の素材、つまり、焼入れ焼戻しの熱処理を施した後に歯形部を切削加工する前の棒鋼において、Dを棒鋼の直径として、表面からの深さがD/4位置に相当する。このため、初期き裂の進展を停留させるためには、初期き裂直下、すなわち、上記の表面からの深さがD/4位置における靱性を向上させることが必要である。そして、上記の位置における靱性を向上させるためには、焼入れ処理後のマルテンサイト組織の面積分率をより高く、かつ、旧オーステナイト粒をより微細化させることが重要である。これは、マルテンサイトの面積分率が低い場合あるいは旧オーステナイト粒が粗大化している場合は、その後焼戻しを施しても内部組織の靱性が不足するため、初期き裂の進展が停留せずステアリングラックバーは破損することになるからである。
【0022】
(e)ステアリングラックバーには、歯切りなどの切削加工が施される。このため素材となるステアリングラックバー用棒鋼には、被削性を高めるためにSなどの快削元素を含有させる場合がある。ところが、快削元素は単独あるいは他の元素との化合物として鋼中に存在するため、素材の機械的性質を低下させる恐れがある。したがって、快削元素を含有させる場合にはその量を制御することが重要である。
【0023】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記[1]〜[3]に示すステアリングラックバー用棒鋼および[4]に示すステアリングラックバー用棒鋼の製造方法にある。
【0024】
[1]質量%で、
C:0.37〜0.48%、
Si:0.15%を超えて0.30%未満、
Mn:0.60〜1.10%、
P:0.03%以下、
S:0.020〜0.070%、
Cr:0.05〜0.20%、
B:0.0005〜0.0050%、
N:0.010%以下、
Ti:0.005〜0.10%、
Al:0.005〜0.050%および
O:0.0020%以下
を含有し、残部がFeおよび不純物からなる棒鋼であって、
表面からの深さがD/4位置の組織が、下記の1)および2)を満足する、
ことを特徴とするステアリングラックバー用棒鋼。
1)焼入れ処理後のマルテンサイト組織が面積分率で70%以上
2)旧オーステナイトの平均粒度番号が7番以上
ただし、Dは棒鋼の直径を表す。
【0025】
[2]Feの一部に代えて、質量%で、Mo:0.05%以下を含有する、
ことを特徴とする上記[1]に記載のステアリングラックバー用棒鋼。
【0026】
[3]Feの一部に代えて、質量%で、Nb:0.20%以下を含有する、
ことを特徴とする上記[1]または[2]に記載のステアリングラックバー用棒鋼。
【0027】
[4]上記[1]から[3]までのいずれかに記載の化学成分を有する鋼材に、下記〈1〉と〈2〉の処理を順に施す、
ことを特徴とする上記[1]から[3]までのいずれかに記載のステアリングラックバー用棒鋼の製造方法。
〈1〉下記(1)式のDcを満足する丸鋼に加工する。
〈2〉下記(2)式を満足する温度Q℃に加熱した後に焼入れする。
Dx=8.64×C0.5×(1+0.64×Si)×(1+4.1×Mn)×(1+2.33×Cr)×{1+1.50×(0.90−C)}×(1+3.14×Mo)≧5.5×Dc0.7・・・(1)
(Ti−3.4N)/Q≧2.50×10-5・・・(2)
ただし、(1)式および(2)式における元素記号は、その元素の質量%での含有量を、また、(1)式における「Dc」は、丸鋼の直径(mm)を表す。さらに、加熱温度Qは780〜900℃の値とする。
【0028】
なお、残部としての「Feおよび不純物」における「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石やスクラップあるいは環境などから混入するものを指す。
【0029】
「旧オーステナイトの平均粒度番号」とは、焼入れ後の、表面からの深さがD/4位置の組織に対して、JIS G 0551(2005)に準じて、ピクリン酸アルコール溶液で腐食し、切断法によって求めた粒度番号を指す。
【0030】
丸鋼に施す「加工」とは、熱間鍛造、熱間圧延などの「熱間加工」、焼ならしなどの「熱処理」およびピーリングなどの「機械加工」のうちの少なくともいずれかの処理を意味する。
【発明の効果】
【0031】
本発明のステアリングラックバー用棒鋼は、曲げ強度に優れ、かつ、曲げ負荷を与えた時の脆性的な破断の抑制が可能であるので、ステアリングラックバーの素材として用いるのに好適である。このステアリングラックバー用棒鋼は、本発明の方法によって製造することができる。
- 【公開番号】特開2012−1765(P2012−1765A)
【公開日】平成24年1月5日(2012.1.5)
【発明の名称】ステアリングラックバー用棒鋼およびその製造方法
- 【出願番号】特願2010−138020(P2010−138020)
【出願日】平成22年6月17日(2010.6.17)
【出願人】
【識別番号】000002118
【氏名又は名称】住友金属工業株式会社
- 【代理人】
【識別番号】100093469
【弁理士】
【氏名又は名称】杉岡 幹二
【識別番号】100134980
【弁理士】
【氏名又は名称】千原 清誠
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